〔展示〕
2009年12月14日(月)~20日(日)

12:00~20:00(最終日~17:00) ※木曜日休廊

「minimissing」

小池浩央

スペースM、S、E

〔概要〕

私は現在、武蔵野美術大学大学院造形研究科博士後期課程環境形成研究領域で、写真の制作と写真論の研究をしています。
制作に関しては、ヨーロッパの国々(最近ではバルト3国)を毎年数ヶ月間訪問し、そこでの滞在制作を行ってきました。

多くの移動を重ねるなかでの出会いをもとに写真(おもにポートレート)を制作し、また旅行者・外国人として生活するなかで、どのように日常を捉えることができるか、ということを考えています。
おそらく、とりわけ1970年代後半から80年代生まれの日本人のアーティストに共通する感覚かもしれませんが、自分自身のルーツや文化を掘り下げて探っていく、ということに対して、なかなか実感が湧かないということがあります。
日本における現代美術教育の中では、常に西洋の美術を念頭に考え、それに対応する形で制作をしてきました。

しかし、それを推し進めていけばいくほど、ある地点では必ず日本的な部分を意識せざるを得ないという問題がでてきます。
そのような環境の中で美術を続けていくことへの矛盾を抱えつつも、どこか根なし草のような状態で制作することが、いま現在の世界に対するリアリティを持つための方法なのではないでしょうか。
その際に、写真という非常に軽くて華奢で儚く、かつ持ち運びや操作も容易なメディアを選択することで、社会的に想定された現実と、自分自身が実際に体験した現実のズレを把握することができると考えます。
ポストモダンの社会にあっては、かつてのような大文字の文化や歴史といった概念では、多様化した現実を捉えることはもはや不可能に近いと思われますが、そのときにこそ、ごく個人的な記憶のためのツールとして写真を使い、新しいイメージの身体性を探る意味があるのではないかと思われます。
社会的な目的意識やあらかじめ規定された美術史に接続するのではなく、個人的な記憶から別の個人的な記憶へ飛躍していくような、流れ出ていくようなイメージ。

ある決定的な「1枚の写真」が多くの人の想起に繋がっていく、というのではなく、複数の記憶がそのまま複数の人々の記憶に繋がっていくようなあり方にこそ、写真の面白さがあると考えます。
この「minimissing」というシリーズでは、時間も場所も違うところで撮影された人々やモノや動植物や風景の写真を、分解し再構築することで、それぞれの写真の内容ではなく、それぞれの写真の「間」に存在するものを提示したいと考えています。

写真には常になにかが欠けています。

だからこそ、そこに写真の可能性があるのです。

〔プロフィール〕
1979 群馬県生まれ

2001 獨協大学外国語学部ドイツ語学科卒業

2006 武蔵野美術大学大学院造形研究科デザイン専攻映像コース修了

〔個展〕

2008 「A / R」(新宿眼科画廊 / 東京)

〔グループ展〕

2008 「Suspended Melodies」(遊工房アートスペース / 東京)

2009 新宿眼科画廊5周年記念展「exceeds it!」(新宿眼科画廊 / 東京)

〔web site〕

http://www.hirohisakoike.com

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